心を5つに分ける

 

 人間の心を5つに分けて見ていきます。親の部分が2つ、子供の部分が2つ、そして合理性の5つです。

 

 A(きびしい親)
 B(やさしい親)
 D(自由気ままな子供)
 E(他人の評価を気にする子供)
 C(合理性)

 

 性格は作られるものであることをまず理解してください。E(他人の評価を気にする子供)は、本来は自己防衛です。D(自由気ままな子供)は、欲求満足本能です。人間も生物ですから、この二つの本能がないと生きていけません。

 

 ですから、赤ちゃんのときは、文字通りE(自己防衛本能)と、D(欲求充足本能)だけです。この二つの本能を満たすために、つまり安心と満足を与えるために、両親は付きっ切りで面倒をみます。

 

 大きくなるということはC(合理性)が発達してきて、A(きびしい親)やB(優しい親)を身に付け、社会の中で生きていく能力を身につけるということです。親の部分というのは社会性ということですから、社会性を身に付けるのが成長のプロセスだといえます。

 

 こんなにも人間の数が増え、圧倒的な力を持つと、人間も動物の一種であるということを忘れてしまいますが、動物として見れば、人間は非常に弱い動物です。

 

 わが家のタラちゃん(シャム猫)でも鋭い爪をもっています。オードリー(ピレネーズ犬)は大きな牙をもっています。鋭い爪も牙もない、走るのも木登りもた いしてうまくない人間は、集団生活をしない限り、自分の身を守ることも、楽しむこともできません。

 

 つまり社会の中で欲しい物や欲望を充足し、自分の身を守 らねばならない。もう親が面倒をみてくれませんので、社会の中で自分でそれらを獲得しなくてはならないのです。

 

 だから、A(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)がうまく成長しなければ、社会不適合が起こってくる、生きていくことが困難になってくるということになります。

 


◎自動車にたとえれば

 

 人間は、ものではありません。人間を物質と見ることは、大変な錯覚に陥ることになります。20世紀の最大の汚点だと思いますので、人間をものにたとえることは厳に謹みたいと思いますが、分かりやすくするために、あえて自動車にたとえますと、D(自由気ままな子供)はアクセルで、E(人の評価を気にする子供)はブレーキです。A(きびしい親)は交通規則であり、B(優しい親)は譲り合う気持ちです。C(合理性)は冷静さ、充実感がガソリンということになります。

 

 ただ、これだけでは自動車は走ることができません。運転手がいります。その運転手をFと呼んでいます。F(本当の自分)です。

 

 アクセル(自由気ままな子供)だけでは自動車は暴走するだけです。ブレーキ(人の評価を気にする子供)だけでは自動車は止まったままです。しかし、 アクセルとブレーキをうまく使ったとしても、それだけでは街の中を走れません。交通規則(きびしい親)を守らなければいたるところで衝突し、交通事故が起 こります。

 

 また、ルールだけでは、自己主張の摩擦が多くギスギスとして、うまく車が流れず渋滞が起こります。譲り合う心、思いやり(優しい親)が必要です。さらに、 冷静(合理性)でなければ、判断を誤り事故につながります。最後に、ガソリン(充実感)がなければ、自動車はただの箱で動けません。

 

 どの程度の早さで、どの程度の混雑の中を運転できるかは、A(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)がうまく働いて初めて可能になります。社会性と 合理性があって初めて、社会の中で自分を実現(自由気ままな子供)でき、自分を守る(気にする子供)ことができます。もし、子供の部分だけだったとしたら どうなるでしょうか?

 

 

●A B C D Eの各々についての説明


◎A(きびしい親)

 

 まずA(きびしい親)の部分です。子供や部下に向かってきびしいく教育する部分です。規則を守ることを教えたり、躾をしなくては、子供は社会人にはなれま せん。部下にも仕事の仕方やお客さんに対する対応を教育しなければなりません。自分自身にとっても、自分の意見をはっきり言うこと、嫌なことはノーと拒否 できることは必要です。

 

 この部分が低い人は、子供や部下を教育できません。自分を主張することもできなくなります。
 

 しかし、長所は欠点であり、欠点は長所ですから、この部分が強すぎると子供や部下をつぶしてしまうかもしれません。

 

 相手の欠点ばかりが目に入り攻撃的になったり、相手の話を聞かず自分の意見ばかりを通そうとするようになったり、批評精神があるのは良いのですが、否定的な発言ばかりで相手を困らせ、人間関係がギスギスしたものになります。

 

 この傾向は、人間に対してだけではなく、見るもの聞くものすべてにたいしてです。建物を見ても、色々なプロジェクトを見ても、同じ傾向がでます。

 

 また、A(きびしい親)は自然のルールを教えるたり、守らせる役割もあります。炎のなかに手を入れれば火傷をする。池に落ちれば溺死する。その他、ライフ・スタイルが乱れれば病気になる。そのようなことにならないようにきびしく指導しなくては、子供の命は守れません。

 

◆A(きびしい親)のまとめ
 

・子供や部下に行儀や作法をしつける親の心して良いことと悪いことをはっきりと教える
・社会のルールを教える
・生命を守るための自然のルールも教える
・自分の考えをはっきり主張したり、イエス、ノーをはっきり言う
・こごと 説教 揚げ足 攻撃 警戒 陰口 軽蔑 いじめ 無視 差別 のけ者 指図 制約 脅迫 からかう 嫌み
・[人の欠点から見える→あなたは間違っている]

 

◎B(やさしい親)

 

 B(優しい親)は、まさに優しい親の部分です。包容力です。子供や部下のためになることなら、自分のことは後にして、何でもしてあげようという気持ちになります。相手を批判する気持ちや自分が犠牲になっているというような感じはなど全くありません。

 

 何かをしてあげることが、楽しくて、喜びなのです。このB(優しい親)がなければ、子供や部下は育ちません。きびしさも必要ですが、優しさがなければ人は育つことができません。
 

 また、相手と共にいることが楽しいので、この部分が高い人は社交的です。人間関係が暖かいものになります。

ただ、欠点ももちろんあります。この部分が強すぎると、溺愛になります。きびしさがないので、甘やかされるだけとなり、子供や部下は社会人として自立できません。

 

◆B(優しい親)のまとめ


・子供や部下を優しく育てる親の心
・愛情を持って見守る
・自分のためよりも相手のためにすることが楽しい
・相手のために気をつかう
・協調性があり友好的、社交的
・人の成長や幸せがうれしい
・人間関係が暖かい雰囲気になる
・見返りを期待する親切 溺愛 おせっかい 愛着 ごますり
・おせいじ こび 賄賂 おだてる 調子を合わせる 裏取引
・[人の長所から見える→あなたは正しい]


◎C(合理性)

 

 それからC(合理性)は、合理的に論理的に物を判断していく部分です。こうして今皆さんが本を読んでいるのは、C(合理性)で読んでいます。 この部分が低いと感情に流されてしまいます。

 

 しかし、逆に強すぎるすと、クールになりすぎます。何でも合理的な判断で片付けることになり、人間性が感じられなくなってしまいます。

 

◆C(合理性)のまとめ


・物事を合理的に判断し行動する機能
・ 一つ一つ論理的に考える
・科学的に考える
・いろいろな状況に惑わされず、冷静に行動する
・親や子供の感情に振り回されている時に、はっと我に返る
・自己正当化 自己説得 損得のみ 計算づく 人間味がない
・無感動

 

◎D(自由気ままな子供)

 

 D(自由気ままな子供)は、食べたいから食べる、遊びたいから遊ぶ、眠りたいから眠るという本能にちかいことから、人生を楽しむ、仕事も楽しむ、言いたいことを言うなど、大人になっても生き生きとしている自由気ままな子供の部分です。

 

 どんどん積極的に行動ができます。過去の風習や世間の評価などに気になりません。楽しいことが良いのです。前に進むことが楽しいのです。

 

 しかし、度が過ぎますと、周りの迷惑を考えない、単なる我がままです。いろいろなことを考えて行動できないので、単なる暴走になります。

 

◆D(自由気ままな子供)のまとめ


・活発な子供の心
・好奇心に満ちている
・生きていることが楽しい
・フロンティア精神で前向きに生きる
・行け行けどんどんの時に充実感を感じる
・古い道徳や周囲の人に気をつかうことなく、言いたいことを言ったり、したいことをする
・相手がどうであれ、自分が楽しければ機嫌がいい
・わがまま 気まま 移り気 つっぱり 強気 不平不満がんこ
・うぬぼれ 自信過剰 繊細さがない 無神経 傍若無人
・[わたしは正しい]

 

◎E(自己防衛本能)

 

 最後は、E(人の評価を気にする子供)です。これは人の評価を気にする子供の部分です。B(優しい親)が相手のために気を使うのに対して、Eは自分のために気を使う部分です。

 

 常によい評価を得ようとしていますので、人の目が気になる、人の評価が気になります。「あの人はどう思っているのだろうか? どう思っただろうか?」、ということが非常に気になる部分です。

 

だから、あまりE(人の評価を気にする子供)が強すぎますと、人の評価ばかり気にして、自分のしたいこともできず、言いたいことも言えません。

 

 しかし、Eがないと、Eの高い人の気持ちが分かりません。人からは嫌われて人間関係がうまくいきません。「あまりお付き合いしたくない」と周りから思われることになります。

 

 また、人の評価が気になるだけに、「今のままの自分で良いのだろうか?」と自己反省したり、人の意見に耳を傾けることができるので、人間の成長には必要な部分です。

 

◆E(人の評価を気にする子供)のまとめ
・良い評価を得ようとする子供の心
・自己反省したり自己改革したいという気持ち
・素直に人の言葉を聞く
・人の不安を思いやる
・自分がしたいことや、言いたいことを押さえ、内心は嫌でも「ハイ」という、
・上司や力をもった人の顔色を見て妥協する
・自分を押さえ過ぎると積もり積もって爆発する
・相手のためではなく、自分のために気をつかう
・いい子ちゃん 人見知り 遠慮がち 不安 小心さ 弱気
・自己嫌悪 自信喪失 神経質 プライド 優柔不断
・[わたしは間違っている]

 

 

● 対人関係と対自分関係について

 

性格分析のABCDEから、人に対する関係と自分に対する関係について見ていきます。
 

 まず、A(きびしい親)とB(優しい親)に注目します。A(きびしい親)の高い人は、相手の欠点から目に入ります。だから、どうしても「相手が間違っている」ということになります。
 

 B(優しい親)の高い人は、相手の長所から目に入ります。だから、「あなたは正しい」ということになります。
 

 この関係から、A(きびしい親)がB(優しい親)よりも高ければ、「あなたは、間違っている」という意識で生きています。

 

 B(優しい親)がA(きびしい親)よりも高ければ、「あなたは、正しい」という意識で生きていることになります。これが対人関係に対する態度です。
 

 次は、自分に対する態度です。D(自由気ままな子供)とE(人の評価を気にする子供)に注目します。

 

 D(自由気ままな子供)の高い人は、「わたしは、正しい」という意識で生きています。自分が正しいと思っているから自由な行動ができるのです。

 

 一方、E(人の評価を気にする子供)の高い人は、「わたしは、間違っている」という意識で生きています。
 

 この関係から、D(自由気ままな子供)が、E(人の評価を気にする子供)より高い人は、「わたしは正しい」という意識を持って生きています。

 

 E(人の評価を気にする子供)が、D(自由気ままな子供)より高い人では、「わたしは間違っている」という意識で生きていることになります。
 

 以上から、4つの態度が生まれます。
 

 「あなたは正しいし、わたしも正しい」、「あなたは正しいが、わたしは間違っている」、「あなたは間違っている、しかし、わたしは正しい」、「あなたも間違っているし、わたしも間違っている」です。
 

 この点に注目して、10の性格を見直してください。自分に対する態度と、相手に対する態度によって、性格ができあがっているのに気がつかれるでしょう。 より明確に、おのおのの性格が理解できるようになるでしょう。

 

 

 性格分析のABCDEから、人に対する関係と自分に対する関係について見ていきます。
 

 まず、A(きびしい親)とB(優しい親)に注目します。A(きびしい親)の高い人は、相手の欠点から目に入ります。だから、どうしても「相手が間違っている」ということになります。
 

 B(優しい親)の高い人は、相手の長所から目に入ります。だから、「あなたは正しい」ということになります。
 

 この関係から、A(きびしい親)がB(優しい親)よりも高ければ、「あなたは、間違っている」という意識で生きています。

 

 B(優しい親)がA(きびしい親)よりも高ければ、「あなたは、正しい」という意識で生きていることになります。これが対人関係に対する態度です。
 

 次は、自分に対する態度です。D(自由気ままな子供)とE(人の評価を気にする子供)に注目します。

 

 D(自由気ままな子供)の高い人は、「わたしは、正しい」という意識で生きています。自分が正しいと思っているから自由な行動ができるのです。

 

 一方、E(人の評価を気にする子供)の高い人は、「わたしは、間違っている」という意識で生きています。
 

 この関係から、D(自由気ままな子供)が、E(人の評価を気にする子供)より高い人は、「わたしは正しい」という意識を持って生きています。

 

 E(人の評価を気にする子供)が、D(自由気ままな子供)より高い人では、「わたしは間違っている」という意識で生きていることになります。
 

 以上から、4つの態度が生まれます。
 

 「あなたは正しいし、わたしも正しい」、「あなたは正しいが、わたしは間違っている」、「あなたは間違っている、しかし、わたしは正しい」、「あなたも間違っているし、わたしも間違っている」です。
 

 この点に注目して、10の性格を見直してください。自分に対する態度と、相手に対する態度によって、性格ができあがっているのに気がつかれるでしょう。 より明確に、おのおのの性格が理解できるようになるでしょう。

A B C Eの各について説明していきます。


◎A(きびしい親)

 

 まずA(きびしい親)の部分です。子供や部下に向かってきびしいく教育する部分です。規則を守ることを教えたり、躾をしなくては、子供は社会人にはなれま せん。部下にも仕事の仕方やお客さんに対する対応を教育しなければなりません。自分自身にとっても、自分の意見をはっきり言うこと、嫌なことはノーと拒否 できることは必要です。

 

 この部分が低い人は、子供や部下を教育できません。自分を主張することもできなくなります。
 

 しかし、長所は欠点であり、欠点は長所ですから、この部分が強すぎると子供や部下をつぶしてしまうかもしれません。

 

 相手の欠点ばかりが目に入り攻撃的になったり、相手の話を聞かず自分の意見ばかりを通そうとするようになったり、批評精神があるのは良いのですが、否定的な発言ばかりで相手を困らせ、人間関係がギスギスしたものになります。

 

 この傾向は、人間に対してだけではなく、見るもの聞くものすべてにたいしてです。建物を見ても、色々なプロジェクトを見ても、同じ傾向がでます。

 

 また、A(きびしい親)は自然のルールを教えるたり、守らせる役割もあります。炎のなかに手を入れれば火傷をする。池に落ちれば溺死する。その他、ライフ・スタイルが乱れれば病気になる。そのようなことにならないようにきびしく指導しなくては、子供の命は守れません。

 

◆A(きびしい親)のまとめ
 

・子供や部下に行儀や作法をしつける親の心して良いことと悪いことをはっきりと教える
・社会のルールを教える
・生命を守るための自然のルールも教える
・自分の考えをはっきり主張したり、イエス、ノーをはっきり言う
・こごと 説教 揚げ足 攻撃 警戒 陰口 軽蔑 いじめ 無視 差別 のけ者 指図 制約 脅迫 からかう 嫌み
・[人の欠点から見える→あなたは間違っている]

 

◎B(やさしい親)

 

 B(優しい親)は、まさに優しい親の部分です。包容力です。子供や部下のためになることなら、自分のことは後にして、何でもしてあげようという気持ちになります。相手を批判する気持ちや自分が犠牲になっているというような感じはなど全くありません。

 

 何かをしてあげることが、楽しくて、喜びなのです。このB(優しい親)がなければ、子供や部下は育ちません。きびしさも必要ですが、優しさがなければ人は育つことができません。
 

 また、相手と共にいることが楽しいので、この部分が高い人は社交的です。人間関係が暖かいものになります。

ただ、欠点ももちろんあります。この部分が強すぎると、溺愛になります。きびしさがないので、甘やかされるだけとなり、子供や部下は社会人として自立できません。

 

◆B(優しい親)のまとめ


・子供や部下を優しく育てる親の心
・愛情を持って見守る
・自分のためよりも相手のためにすることが楽しい
・相手のために気をつかう
・協調性があり友好的、社交的
・人の成長や幸せがうれしい
・人間関係が暖かい雰囲気になる
・見返りを期待する親切 溺愛 おせっかい 愛着 ごますり
・おせいじ こび 賄賂 おだてる 調子を合わせる 裏取引
・[人の長所から見える→あなたは正しい]


◎C(合理性)

 

 それからC(合理性)は、合理的に論理的に物を判断していく部分です。こうして今皆さんが本を読んでいるのは、C(合理性)で読んでいます。 この部分が低いと感情に流されてしまいます。

 

 しかし、逆に強すぎるすと、クールになりすぎます。何でも合理的な判断で片付けることになり、人間性が感じられなくなってしまいます。

 

◆C(合理性)のまとめ


・物事を合理的に判断し行動する機能
・ 一つ一つ論理的に考える
・科学的に考える
・いろいろな状況に惑わされず、冷静に行動する
・親や子供の感情に振り回されている時に、はっと我に返る
・自己正当化 自己説得 損得のみ 計算づく 人間味がない
・無感動

 

◎D(自由気ままな子供)

 

 D(自由気ままな子供)は、食べたいから食べる、遊びたいから遊ぶ、眠りたいから眠るという本能にちかいことから、人生を楽しむ、仕事も楽しむ、言いたいことを言うなど、大人になっても生き生きとしている自由気ままな子供の部分です。

 

 どんどん積極的に行動ができます。過去の風習や世間の評価などに気になりません。楽しいことが良いのです。前に進むことが楽しいのです。

 

 しかし、度が過ぎますと、周りの迷惑を考えない、単なる我がままです。いろいろなことを考えて行動できないので、単なる暴走になります。

 

◆D(自由気ままな子供)のまとめ


・活発な子供の心
・好奇心に満ちている
・生きていることが楽しい
・フロンティア精神で前向きに生きる
・行け行けどんどんの時に充実感を感じる
・古い道徳や周囲の人に気をつかうことなく、言いたいことを言ったり、したいことをする
・相手がどうであれ、自分が楽しければ機嫌がいい
・わがまま 気まま 移り気 つっぱり 強気 不平不満がんこ
・うぬぼれ 自信過剰 繊細さがない 無神経 傍若無人
・[わたしは正しい]

 

◎E(自己防衛本能)

 

 最後は、E(人の評価を気にする子供)です。これは人の評価を気にする子供の部分です。B(優しい親)が相手のために気を使うのに対して、Eは自分のために気を使う部分です。

 

 常によい評価を得ようとしていますので、人の目が気になる、人の評価が気になります。「あの人はどう思っているのだろうか? どう思っただろうか?」、ということが非常に気になる部分です。

 

だから、あまりE(人の評価を気にする子供)が強すぎますと、人の評価ばかり気にして、自分のしたいこともできず、言いたいことも言えません。

 

 しかし、Eがないと、Eの高い人の気持ちが分かりません。人からは嫌われて人間関係がうまくいきません。「あまりお付き合いしたくない」と周りから思われることになります。

 

 また、人の評価が気になるだけに、「今のままの自分で良いのだろうか?」と自己反省したり、人の意見に耳を傾けることができるので、人間の成長には必要な部分です。

 

◆E(人の評価を気にする子供)のまとめ
・良い評価を得ようとする子供の心
・自己反省したり自己改革したいという気持ち
・素直に人の言葉を聞く
・人の不安を思いやる
・自分がしたいことや、言いたいことを押さえ、内心は嫌でも「ハイ」という、
・上司や力をもった人の顔色を見て妥協する
・自分を押さえ過ぎると積もり積もって爆発する
・相手のためではなく、自分のために気をつかう
・いい子ちゃん 人見知り 遠慮がち 不安 小心さ 弱気
・自己嫌悪 自信喪失 神経質 プライド 優柔不断
・[わたしは間違っている]

 ◎心を5つに分ける

 

 人間の心を5つに分けて見ていきます。親の部分が2つ、子供の部分が2つ、そして合理性の5つです。

 

 A(きびしい親)
 B(やさしい親)
 D(自由気ままな子供)
 E(他人の評価を気にする子供)
 C(合理性)

 

 性格は作られるものであることをまず理解してください。E(他人の評価を気にする子供)は、本来は自己防衛です。D(自由気ままな子供)は、欲求満足本能です。人間も生物ですから、この二つの本能がないと生きていけません。

 

 ですから、赤ちゃんのときは、文字通りE(自己防衛本能)と、D(欲求充足本能)だけです。この二つの本能を満たすために、つまり安心と満足を与えるために、両親は付きっ切りで面倒をみます。

 

 大きくなるということはC(合理性)が発達してきて、A(きびしい親)やB(優しい親)を身に付け、社会の中で生きていく能力を身につけるということです。親の部分というのは社会性ということですから、社会性を身に付けるのが成長のプロセスだといえます。

 

 こんなにも人間の数が増え、圧倒的な力を持つと、人間も動物の一種であるということを忘れてしまいますが、動物として見れば、人間は非常に弱い動物です。

 

 わが家のタラちゃん(シャム猫)でも鋭い爪をもっています。オードリー(ピレネーズ犬)は大きな牙をもっています。鋭い爪も牙もない、走るのも木登りもた いしてうまくない人間は、集団生活をしない限り、自分の身を守ることも、楽しむこともできません。

 

 つまり社会の中で欲しい物や欲望を充足し、自分の身を守 らねばならない。もう親が面倒をみてくれませんので、社会の中で自分でそれらを獲得しなくてはならないのです。

 

 だから、A(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)がうまく成長しなければ、社会不適合が起こってくる、生きていくことが困難になってくるということになります。

 


◎自動車にたとえれば

 

 人間は、ものではありません。人間を物質と見ることは、大変な錯覚に陥ることになります。20世紀の最大の汚点だと思いますので、人間をものにたとえることは厳に謹みたいと思いますが、分かりやすくするために、あえて自動車にたとえますと、D(自由気ままな子供)はアクセルで、E(人の評価を気にする子供)はブレーキです。A(きびしい親)は交通規則であり、B(優しい親)は譲り合う気持ちです。C(合理性)は冷静さ、充実感がガソリンということになります。

 

 ただ、これだけでは自動車は走ることができません。運転手がいります。その運転手をFと呼んでいます。F(本当の自分)です。

 

 アクセル(自由気ままな子供)だけでは自動車は暴走するだけです。ブレーキ(人の評価を気にする子供)だけでは自動車は止まったままです。しかし、 アクセルとブレーキをうまく使ったとしても、それだけでは街の中を走れません。交通規則(きびしい親)を守らなければいたるところで衝突し、交通事故が起 こります。

 

 また、ルールだけでは、自己主張の摩擦が多くギスギスとして、うまく車が流れず渋滞が起こります。譲り合う心、思いやり(優しい親)が必要です。さらに、 冷静(合理性)でなければ、判断を誤り事故につながります。最後に、ガソリン(充実感)がなければ、自動車はただの箱で動けません。

 

 どの程度の早さで、どの程度の混雑の中を運転できるかは、A(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)がうまく働いて初めて可能になります。社会性と 合理性があって初めて、社会の中で自分を実現(自由気ままな子供)でき、自分を守る(気にする子供)ことができます。もし、子供の部分だけだったとしたら どうなるでしょうか?

◆普通さん

(表面的な特徴)

 

 大体横ばいになっているタイプです。典型は、縦の短くなったM型か、B(優しい親)を頂上にしたならだかな山型です。

 

 このタイプの方は、適応抜群です。どこへ行っても、どのような人間関係のなかでも、苦労なく適応出来ます。このタイプを「普通さん」と申します。

 

 B(優しい親)が高く社交性があり温かい。D(自由気ままな子供)も高く、活発で生き生きしています。しかし、A(きびしい親)もC(合理性)もE(人の 評価を気にする子供)も適当に高く、言うべきことも言い、合理性もあり、人の不安も理解できるので、社会適応は抜群です。


(対人・対自分関係)

 

 対人関係は、B(自分のための親切)の方が高いので、「あなたは正しい」です。自分との関係は、D(自由気ままな子供)の方が高いので、「わたしは正しい」です。

 

 「行け行けさん」と似通っていますが、「行け行けさん」はE(人の評価を気にする子供)が低すぎます。つまり、「絶対にわたしは正しい」ですから、人の不 安を理解できません。「自分だけ爽やかさん」で周りの人からは嫌われることも多いでしょう。その点、「普通さん」はバランスが取れていて嫌われることは少 ないはずです。


(自滅のシナリオ)

 

 「この性格が理想的!」と早合点をする方がおられるでしょうが、それは違います。長所は欠点であり、欠点は長所です。この点は後でももう一度お話しますが、本当の自分への気づきが遅れることが欠点です。

病気や老いや死にまで適応は出来ない。死ぬ前になって、ハッと我に返って、自分の人生は何だったのだろう。単に適合するだけで、本当の自分を生きたのだろうか、では困ります。

 

 そういう意味では、バラバラさんなどは決して悪くないですね。人間関係がうまく行かないので、毎日が気づきです。本当の自分を発見するに は、うまくいかないかたのほうが早いかもしれませんね。

 

 あるいは、病気や老いや死を目の前にして初めて挫折を経験することになります。その時、E(人の評価を気にする子供)が(不安)に、D(自由気ままな子 供)が(不満)になます。初めて経験する不安と不満はパニックになります。そして、この不安と不満が過食の原因になります。

 

 つまり、「普通さん」のうまくいった人生は、自分の力で得たものというよりは、たまたま良い家庭、良い環境の賜物であったのでしょう。「普通さん」にも、自滅のシナリオはあったのだということです。


(充実感テストとの関係)

 

 「普通さん」は、社会適応抜群ですから「爽やかさん」です。「行け行けさん」と違って、自滅のシナリオが動きにくいので、長い年数「爽やかさん」でおれるかもしれません。しかし、浮世に生きている人間ですから、やがては壁に当たることになるでしょう。

 

 うまく生きれるのが当然だったので、壁には慣れていません。一挙に「不快さん」になり、過食で気を紛らわせるということになるでしょう。疲れ果てれば「無感動さん」になるでしょう。

◆子供ちゃん

(表面的な特徴)

 

 D(自由気ままな子供)もE(人の評価を気にする子供)も両方高いタイプです。子供ばかりでできていますので、「子供ちゃん」と呼びます。

 

 若い方では、今まで何度も申し上げたように、親の部分の成長ができにくい時代を生きていますので、、一見A(きびしい親)やB(優しい親)やC(合理性)があるように見える場合も、このタイプということが多いです。

 

 「不満さん」と「不安さん」を足したタイプですので、複雑になります。D(自由気ままな子供)が高いので、自分を主張したい。自分を発揮したい。そうしな いと、生きている感じがしない。充実感を感じられない。しかし、E(人の評価を気にする子供)も高いので、人がどのように自分を見ているかが気になる。評 価が悪くなると不安になる。

 

 D(自由気ままな子供)を出せば、目立つことだし、一歩間違えば我がままと非難される。良い評価がほしいという点からは、おとなしくしているのがいいのだ が、それでは自分を感じられなくて欲求不満になる。しかし、自分を出せば、人の評価が気になり夜も寝られない。自分でどうして良いのか分からなくなるとい う性格です。


(対人・対自分関係)

 

 親の部分がないので、対人関係ははっきりしません。つまり、社会性ということはあまり理解できません。自分に対しては、あるときは、「わたしは正しい」だ し、あるとはき「わたしは正しくない」です。

 

 不安が少ない環境、つまり家のなかだとか、友人の間では、「わたしが正しい」でしょうが、大勢の人のまえだと か、知らない所では不安が強く出るので、「わたしは正しくない」でしょう。


(自滅のシナリオ)

 

 なぜこのようなことが起こるのかは、何度もいっていますから。もう皆さんも理解していただいたでしょう。難しいことではありません。赤ちゃんはみんな D(自由気ままな子供)とE(人の評価を気にする子供)です。親がつきっきりで安心と満足を与えているので、不安や不満にならなくてすみます。

 

 親が不安定であれば、子供も不安と不満に陥るのは当然でしょう。たとえ親が不安定でも、社会がしっかりしていれば、子供はC(合理性)が発達しA(きびし い親)とB(優しい親)という社会を身につけて、自立できます。社会のなかで自分自身で、満足と安心を手に入れることができます。

 

 しかし、現在は極めて不安定な過渡期の時代です。人間を縛ってきた古い時代の価値観が滅びて、人間は自由になりましたが、新しい生き方や文化が形成できていません。新しい親のモデルがありません。

 

 このような親のモデルのない過渡期のなかでは、子供は大人にはなれません。一方、日本は物質的に豊かな国となり、子供のままでいても、そんなに生活に困らないように見えるという状況も加わって、大人になれない、なろうとしない現象が起きています。


(充実感テストとの関係)

 

 D(自由気ままな子供)とE(人の評価を気にする子供)の葛藤を生きているので、不安定です。環境がいい時には、ある程度「爽やかさん」でしょうが、すぐ不安定になり、「お天気さん」、「不快さん」、そして疲れ果てれば「無感動さん」でしょう。

 

 A(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)が発達していれば、D(自由気ままな子供)は、「行け行けさん」のように、前進のエネルギーとなってよい 面がでるでしょう。しかし、A.B.Cが未発達ですから、我がままを振り回しているだけとなることが多いでしょう。不快指数が高くなります。思うようにな らないことの不満が過食の原因になります。

 

 また、A.B.Cがないので、E(自己防衛本能)が守られません。爽やか指数が低下します。この不安を紛らわせるために過食になります。不安からも不満からも過食になるので、このパターンの方は実に大変ですね。ります。

 

 紛らわしいのは、「子供ちゃん」でも性格分析のグラフを作ると、A.B.Cが結構ある場合です。一見するとたとえば次でお話しする「普通さん」ということ もあります。しかし、「普通さん」であれば、「爽やかさん」が多いはずですが、「不快さん」や「無感動さん」になっていれば、本当は「子供ちゃん」だと見 抜けます。

◆不満さん

(表面的な特徴)

 

 同じ様に子供の性格ですが、D(自由気ままな子供)が高いタイプです。今度は、不安ではなく、不満が出ます。不満さんと言います。

 

 思うようになっている間は大変機嫌がよいのですが、思うようにならないと機嫌が悪くなり、不満を振り回します。

 

 大人になって社会のなかで、自分の欲しいものを手に入れるためには、親の部分、つまり社会性が要ります。このパターンの人は、A(きびしい親)やB(優し い親)やC(合理性)が発達していないので、社会のなかで、人を指導したり、育てたり、信頼されたり、よい提案をだしたり、そういうことができません。

 

 D(自由気ままなな子供)は、まさに気まま、我がままにだけなります。社会は親のようには言うことを聞いてくれません。わがままだけでは通りません。面白 くないからますます不満を振り回す。ますます人間関係がうまく行かず思うようにならないという悪循環になり、学校や会社へ行かなくなる場合もあるでしょ う。


(対人・対自分関係)

 

 親の部分がありませんから、対人関係ははっきりしたものがありません。自分に対しては、「自分は正しい」です。「自分は正しいのに、なぜうまくいかないのか?」です。


(自滅のシナリオ)

 

 このようになった原因は、(不安さん)が本当のB(優しい親)が足らなかったのとは異なりも、本当のA(きびしい親)が足らなかったのでしょう。甘やかし 過ぎたということでしょう。あるいは、いそがしいから物を与えることで、愛情を示したつもりになっていたからでしょう。

 

 このタイプで不登校を起こすのは、学校では自分の思い通りにならないからです。親に対して、ファミコンを買ってくれれば行く。さらにはステレオを買ってくれれば行ってやると要求します。しかし、不満さんですから、それが手には入っても解決にはなりません。

 

 親が召使いのように仕えているというようなことがおこります。(不満さん)にとって必要なのは、社会にはルールがあるということをはっきりと教えることです。しかし、低E(人の評価を気にする子供)が低いので、立ち直りは容易ではないでしょう。

 

 自己反省能力があまりないため、自分の間違いに気づくことが出来にくいからです。自分は間違っていないと思っているのですから大変難しいです。


(充実感テストとの関係)

 

 満足を得られれば、「爽やかさん」でしょう。しかし、満足を求める気持ちはエスカレートしていきます。自分で苦労して得るということをしない、求めるだけ の「不満」さんは、結局いつも不満を感じなければならないでしょう。「不快さん」にならざるを得ないのではないでしょうか? この不満が過食の原因となります。

◆不安さん

(表面的な特徴)

 

 E(人の評価を気にする子供)だけが高いタイプです。これは子供の性格です。

 

 本来、子供はE(自己防衛本能)とD(欲求充足本能)だけです。親が付きっ切りで、EとDを満たそうとします。やがてC(知性)が出てきて、A(きびしい親)とB(優しい親)という社会性を身に付けて社会の中で自立できるようになる。これが成長の過程です。

 

 この成長の過程がうまく行かなくて、子供のまま大きくなった場合は大変です。E(人の評価を気にする子供)が高い場合は、不安だけです。集団生活のなかに入いっていけません。

 

 人の評価がアイデンティティーですので、何かをしようとすれば、E(不安さん)特有の「あの人はどう思うだろう」、「失敗したらなんて思われるだろう?」と、何人もの顔が浮かび、誰の言葉を信じたらよいのか分からなくなります。

 

 外から見ると単にぐずぐすしているだけのように見えますが、頭の中は、目まぐるしく多くの人の顔と言葉が交差しています。だから、行動ができないまです。

 

 常に、不安に振り回されてどうしていいか分からなくなります。親の元にいなければ、不安ですから、外へ出て行けなくなります。学校へいけない。会社へいけないということが起こります。


(対人・対自分関係)

 

 親の部分がほとんどないので、対人関係はありません。人や社会に対してどのように対応して良いか分かりません 親の部分は社会性ですから、社会性が育っていないということで、社会適応が困難になる当然でしょう。

 

 一方、自分に対しては、「わたしは間違っているのではないか?」、「わたし駄目なのではない か?」ということで、自信がもてません。


(自滅のシナリオ)

 

 なぜこんなになったか、間違った育てられ方をしたのでしょうか?

 

 確かにそれは原因の一つです。勉強が出来るからいい子だ。バイオリンが上手だからいい子だ。小学校、中学校まではうまくいった。しかし、高校は出来る子が 集まってくるのでいつも一番とはいかない。もう、いい子ではいられない。それで学校へいけない子供もいます。親のほうに本当のB(優しさ、愛情)がなかっ たのですね。

 

 この場合は、立ち直りは難しくありません。誤った価値観から自由になれれば良いのです。つまり、自分がダイヤモンドだということを理解出来れば良いので す。勉強が出来ても出来なくても、バイオリンが上手でも下手でも、そんなことは二の次だということが分かれば良いのです。むしろ大人のほうが重症です。

 

 もっと大きくて深刻な原因は、先ほども言いましたが、現在の日本は親の部分が育ちにくい状態だということです。子供が、成長するためには、A(きびしい親)もB(優しい親)も両方要ります。親の見本がないのです。みんなバラバラの価値観で生きています。

 

 このなかで、子供がしっかりした親の部分を身に着けて育つことが出来ないのは当然です。親の部分は防波堤ですから、社会のことや対人関係は、この親の部分で処理をします。だから、子供の部分が守れるのです。それがなければ子供の部分が裸になっています。社会や対人関係が、土足で心の中に入って来ます。これでは少しのことでも、ひどく心が傷ついてしまいます。

 

 「クールさん」になれる方はまだましかもしれません。クールさんになれれば、傷つく心もクールに処理して凍結したり、乾燥させていますので、感じなくな り、その意味では楽になるかも知れません。ただ、クールさんになれば、自律神経が過緊張になります。生きている実感を失います。本当の自分が見失います。決して、お勧めできることではありません。しかし、クールさんにもなれなければ、どうして自分を守れば良いのでしょうか?


(充実感テストとの関係)

 

 安心できる環境のときには、爽やか指数もある程度あるでしょうが、常に不安があるので、決して高くはならないでしょう。少し不安定になれば、爽やか指数が著しく低下し、疲れ果てれば「無感動さん」になるでしょう。この不安や充実感の喪失が、過食の原因になります。

◆クールさん

「クールさん」

(表面的な特徴)

 

 このタイプはC(合理性)が高いですね。親の部分も子供の部分も低く、C(合理性)だけです。外から見ている限りは、暗い感じなどなく、いい子、いい人で す。

 

 しかし、なにか生き生きとした感情は感じられません。激しい不安や不満、喜びや感激、悲しみなどが、このパターンの方からは考えられません。

 

 A(きびしい親)がないので、人に対しては厳しいことを言いません。人は人という感じです。非難もしないが、されるのも嫌いです。B(優しい親)もないの で、かかわりあいになるのも嫌いです。べたべたした付き合いは耐えられません。この社会をどうするかといった発想はほとんど無縁です。

 

 D(自由気ままな子供)もないので、ぎらぎらして自分を主張したりすることはありません。自己実現にもあまり興味ありません。特に、現在の生活に不満を感 じません。E(人の評価を気にする子供)も低いので、将来どうなるとか、このままでいいんだろうか、そのような不安も余り感じません。上昇志向もなけれ ば、自己否定や生きている実証というような激しい感情には興味ありません。

 

 強制やさしずせされることは嫌いですが、自発性もあまりありません。 何事もコンピューターのように合理的にさばいて生きている。このタイプをクールさんと申します。

 

 大変気になることですが、若い方に多いですね。一見明るくて、いい子なのですが、社会性を感じられません。


(対人・対自分関係)

 

 このタイプの方には、対人関係も対自分関係ありません。人に対して、善悪の判断をしません。自分に対しても、正しいとか正しくないとか、そういう価値判断はありません。むしろ、そのような価値判断はダサいことなのです。ナウくはないのです。


(自滅のシナリオ)

 

 ただ、最初からこうだったかというとそうではないでしょう。先程の「伝統さん」と同様に、子供のときはD(欲望充足本能)とE(自己防衛本能)であり、親がつきっきりで安心と満足を与えていたはずです。どうしたのでしょうか?

 

 さらに変なのは、A(きびしい親)とB(優しい親)の部分もありません。親の部分がないのです。どういうことなのでしょうか?

 

 実はこのパターンは若い方に多いのです。将来の日本を背負う世代に多いということは、非常に重要なことだと思います。だから、若い世代を中心にして考えてみましょう。

 

 若い方に、「どんな親になりたいですか?」と質問しても、答えは返って来ないでしょう。現在の日本には親のモデルがありませんので、親の部分が育ちませ ん。親のモデルのない時代に生まれてきた世代が、A(きびしい親)もB(優しい親)も成長しないのは当然かもしれません。

 

 人間はほかの動物に比べて著しく未熟な状態で生まれてきます。赤ちゃんのときに捨てられて、狼に育てられた狼少女が発見されて、その後人間社会で教育され たが数個の言葉しかわからず、結局人間にはほど遠い状態で20才にも達せず死亡した報告がありましたが、人間は文化がなければ人間にはなれないのです。

 

 しかし、第二次世界大戦による敗戦後、経済的な発展だけを目的として来た日本はお金だけの国になりました。新しい時代の文化や親のモデルを発達させては来ませんでした。

 

 親のモデルがなければ、親の部分は育たないのです。そして、これは社会を支えているものですから、社会性がないということになります。

 

 このような時代では、子供達はどうなるのでしょうか? 子供のときは親がめんどうを見てくれます。しかし、いつまでも親の元にいることはできません。社会の中へでて行かなくてはなりません。しかし、社会性がないのですから、どうして良いのか分かりません。

 

 親の部分は、子供の部分を守る役割を果たします。世の中のことは、親の部分で判断して対応します。この場合はこのようにしたら良い。この人との対応はこれで良い。将来の方向は、この人を模範にすれば良い。親の部分は、子供の部分にとって防波堤のようなものです。

 

 D(自由気ままな子供)は、A(きびしい親)とB(優しい親)とC(合理性)が適正に働いて初めて、社会のなかで満足を得られます。E(人の評価を気にする子供)も、A(きびしい親)とB(優しい親)とC(合理性)が機能して初めて、自分を守れます。

 

 A(きびしい親)もB(優しい親)も発達していない状態で、社会のなかでD(自由気ままな子供)は突出し、我がままにしかなりません。E(人の評価を気に する子供)は自分を守る方法も知らず、かばってほしいと言っても軟弱としか受け取られません。我がままと軟弱、こんな評価しかもらえません。傷つくだけで す。

 

 最初はE(不安さん)で、人の評価を気にして生きていた。しかし、ふと周りを見渡すと、気を使わないで生きている人がいくらでもいる。そのような人のほうが、うまく人生を渡っているではないか。成功しているではないか。

 

 それを見ていると、もう気を使うのがバカらしくなった。もう気を遣うまいと決心した。人がどう見るかを気にしないで生きていこうと心に決めた。裸のままの子供の部分では、傷つくだけです。疲れます。

 

 あと、頼りになるものはCの合理性だけです。社会に対しては、クールになることで対応します。「社長と言っても、お金儲けが上手な人だし、自分たちがいる から社長でおれるんでしょう」、「教授と言っても、専門のことしか知らないのでしょう。第一、自分がなりたい人でしょう」、「大臣と言っても、自分でなり たいとてを挙げた人でしょう。頑張るのが当たりまえでしよう」、ギブアンドテイクの関係で社会に対応します。

 

 一方、自分の不安や不満があれば、不安定になります。出来るだけ、不安や不満は少ないに越したことはありません。これもクールに処理します。自己弁護、自 己説得、自己合理化と、さまざまな理屈でもって、自分を透明に、感情の少ない人間にと作り替えます。「クールさん」の多くが「無感動さん」であるのは、当 然のことと言えます。

 

 常に不安をクールにギブアンドテイク、損と得で処理し、不安を消し去ろうとします。しかし、不安は感情ですから合理的に処理できるものではありません。押さえ込もうとしても緊張が高まるだけです。

 

 常に緊張が持続し、リラックスすると不安が出て来ますのでリラックスできません。自律神経が過緊張となり肩が凝り、頭が痛くなるなど自律神経失調症の症状 がでてきます。もし、長年にわたってこのように不安を消し去ることに慣れてしまえば、感情までも失います。自分が生きているという実感も失うことになりま す。

 

 一方、D(不満さん)でクールさんになることもありますが、数は少ないでしょう。D(不満さん)さんは気を遣うことがないのが特徴ですし、E(人の評価を気にする子供)が低ければ自己反省能力があまりないので自分を変えたいとは思わないでしょうから。

 

 今の若者のクールさ、無感動さの原因にはこのようなものと私には思えます。豊かな国に育ってたくましさを経験出来なかった。貧しい時は少々のことは平気で す。生きていくことが精一杯ですから、かえって生命力が鍛えられます。多少傷つき傷つけあっても、そんなことに本人も周りもかまっていられない。あまり心 の病気がなかった。

 

 一方、今日の日本で育ちつつある若者には、なまの生命体験がありません。コンクリートの街と偏差値とファミコンゲームです。食べる苦しみがないだけに、少しのことにも敏感に感じます。

 

 だから、クールになることによって、無感動になることによって自分を守ってはいるのではないか、そのような気がします。いずれにせよ、クールになれば、感 情を失います。子供の部分はアイデンティティーへの入り口でもあるので、これを全く押え込んでしまえばアイデンティティーも失います。生きているという実 感も失われます。自分がなくなります。


(充実感テストとの関係)

 

 「クールさん」は、生きている感情を抹殺しょうとしているタイプですから、爽やか指数も不快指数も低下するのが当然です。「無感動さん」は「クールさん」の特徴です。

◆伝統さん

(表面的な特徴)

 

 このタイプの方は、「行け行けさん」に似ていますが、「行け行けさん」はD(自由気ままな子供)が高かったが、「伝統さん」は低い点が違います。

 

 このパターンの方も、仕事はよくできます。A(きびしい親)が高いから部下を指導できる。B(優しい親)がさらに高いから部下がついてくる。C(合理性)が高いからいくつもの仕事を同時にこなせます。

 

 しかし、D(自由気ままな子供)もE(人の評価を気にする子供)も両方とも低いのです。子供の部分がなくて、社会性と合理性で生きていることになります。子供の部分は本音でもありますので、本音がなくて建前だけで生きているということにもなります。

 

 どういう方が多いかと言いますと、伝統や権威や規律を守らないといけない人です。事業を拡大するよりも現状を維持する方、あるいは事業は精力的に拡大するが、その内容は新しいもの、創造的なものよりも伝統の枠内、既成のものだという方です。

 

 あるいは、厳格な規律を人に教えなければならない方です。新しいことをするにはD(自由気ままな子供)がいります。創造的なことは苦手な方。そこでこのタイプを「伝統さん」と言います。また、若い方では、年寄りじみた言い方が多いので「若年寄さん」と言います。

 

 図のようにA(きびしい親)よりB(優しい親)が高いのは「優しい伝統さん」。B(優しい親)より A(きびしい親)のほうが高ければ「厳しい伝統さん」です。

 

 このパターンの方は、普段でも羽織、袴を着ているようで非常に重々しいですね。伝統や権威の固まりです。子供の部分はないから、冗談なんか言える雰囲気で はない。妙なことを言えば、何かこちらがすごく悪いことをした子供のような気持になってしまう。畏縮しそうです。床の間にどんと座っているに適した方で す。

 

 しかし、守るものがなくなったらどうなるのでしょう。自分を伝統や権威や規律に同化することによって、不安や不満を消し、充実感や自分を生きているという 実感を感じてきた人です。守るものがなくなれば、自分を生きているという実感もなくなります。自分が何者か分からなくなります。

 

 いつも仕事がうまく行くとは限りません。元気なうちはうまくいったとしても、病気になったり年老いたり、さらには死にまで適応したり同化することはできません。

 

 守るものが失われようとする時、それは自分が消失することですから、何としても手放したくない、何としてもしがみついていたい、ということで、強い執着が 起こります。今まで隠れていたD(不満)とE(不安)が一挙に吹き出て、引き離そうとするものを攻撃したり、不安のなかでパニックに陥ることも起こるで しょう。

抵抗むなしく引き離されてしまえば、後は生きがいを失い、も抜けの殻のような余生を送ることになるかもしれません。

 

 D(自由気ままな子供)とE(人の評価を気にする子供)は、人間にとって大切な部分ですので、極端に押えられていると、日頃からそれを洗練することも、トレーニングすることもできません。本音や自分を生きているという実感を失うということが起こります。


(対人・対自分関係)

 

 「優しい伝統さん」ですと、「あなたは正しい。私は?」、「厳しい伝統さん」では「あなたは間違っている。私は?」で、ともに「私」はないのです。D(自由気ままな子供)もE(人の評価を気にする子供)もないのですから、私はありません。


(自滅のシナリオ)

 

 「伝統さん」の性格はどのようにしてできあがるのでしょうか?

 

 「伝統さん」では、D(自由気ままな子供)もE(人の評価を気にする子供)もありません。子供の部分が無いのですが、少し考えて見ると変ですね。赤ちゃん が紋付き羽織りで、生まれてくるはずはありません。子供のときは、誰であっても、D(欲望充足本能)とE(自己防衛本能)です。

 

 成長するに従って、C(合 理性)が発達し、A(きびしい親)とB(優しい親)を学び、社会人として自立する。これが成長のプロセスです。

 

 だから、「伝統さん」も最初から「伝統さん」では無く、途中から「伝統さん」になったということです。仮面・縫いぐるみのひとつだと言っても良いのです。では、本当の素顔はどのようなものなのでしょうか?

 

 素顔を知るのに、まず「不満さん」であるのか「不安さん」であるのかを決めましょう。ただ、「伝統さん」は長らく子供の部分を押さえて生きていますので、 不満も不安も、はっきりとは感じなくなっています。不満や不安を感じたくないので「伝統さん」になったのですから当然のことです。

 

 だから、このタイプの人の分析を行うには、小さいときのことを思い出していただくなくてはなりません。繰り返し、思い返して下さい。多くの方を見ていますと、「不安さん」から「伝統さん」になったという方が多いようです。

 

 この不安を解決するために、強いもの、強力なもの、安心できるもの、長く続いて権威のあるものなどと一体化する。B(優しい親)に入っている「一生懸命に 尽くしなさい。そうすれば必ず報われますよ」というメッセージと(不安)が結合します(優しいタイプの伝統さん)。そうすれば、不安が消えるからです。

 

 「きびしいタイプの伝統さん」では、A(きびしい親)に入っている「正しいことを守らしなさい。そうすれば尊敬されますよ」というメッセージと(不安)が 結合しているかもしれません。会社のため、社会のため、国のため、イデオロギーのため、学問のため、権威のため、伝統芸術のため、家のため、上げていけば いろいろあるでしょう。

 

 一体化できるものと出会わなかった場合や「伝統さん」が良いのだという教育や見本をもたなかった場合、また一体化できるものにであっても完全に一体化に成 功しなかった場合は、「伝統さん」にはなれません。「ボロぞうきんさん」、「バラバラさん」、「不安さん」のように不安が生々しく感じられるパターンのま までしょう。

 

 だから、守るべきものがなくなるときは、「不安」が噴き出てきます。長い年月の間には、自分が「不安さん」であったことなど、忘れています。今まで、見た くないものとして、抑圧してきただけに、不安を見慣れていません。今まで同化して来たものを手放すまいとして、最も抵抗するのもこのパターンであることは 容易に理解できるでしょう。そして、戦い敗れた後は、せみのぬけがらのようになってしまうことも納得できることでしょう。

 

 勿論、「不満さん」が「伝統さん」になることもあります。D(自由気ままな子供)を押さえるのですから、厳しい教育環境のもとにあったのでしょう。あるい は、小さいときから親の代わりを努めなければならない立場にあっのかもしれません。「強くたくましくありなさい、そうすれば尊敬されますよ」というメッ セージが強く働いていると思われます。

 

 あるいは、「行け行けさん」が「伝統さん」になることもあります。「行け行けさん」では、会社が空中分解してしまいます。ある程度規模が大きくなれば、維 持の部分が大きくなります。今まで、「行け行けさん」でやってきた人も、会社を安定させるために、D(自由気ままな子供)を押さえて「伝統さん」に変わる ことを選ぶということもあるでしょう。その場合、会社は安定しますが、自分のDは満足できなくなるので、毎晩お酒がいるかもしれません。


(充実感テストとの関係)

 

 「伝統さん」は、安定期には非常に良く社会適応しています。「ボロぞうきんさん」の不安はうまくいっているときでも、明らかですが、「伝統さん」は強いも のと一体化するのですから不安も消えます。だから、爽やか指数は必ずしも低くはありません。しかし、楽しんで仕事をしている「行け行けさん」の高さにはと うてい及びません。さらに、自分を抑えているので、不快指数は高めでしょう。

 

 やがて、仕事の量や規模が大きくなると、疲れを感じるようになります。年もとってくると疲れは加速して来ます。それでも、がまんをして頑張るというのがこのタイプの方の解決方法ですから、自滅のシナリオが動き始め、爽やか指数が低下して来て、不快指数が高くなります。

 

 そして、定年や引退、子供達の巣立ちが近づき、守るべきものがなくなろうとすると、パニックが起こり「不快さん」そのものになるでしょう。そして、その戦いも終われば蝉の抜け殻となり、「無感動さん」にならざるを得ないでしょう。

◆あんたが悪いさん−憤慨死タイプ

あんたが悪いさん

 

(表面的な特徴)

 

 このタイプの方は、A(きびしい親)が高いので、相手に対してはかなりきびしいですね。規則や躾にうるさいほうです。しかも、B(優しい親)が低いので、きびしさが全面にでてきます。

 

 D(自由気ままな子供)が高いので、「言いたいことは言う」というタイプですから、A(きびしい親)はなおさらきびしくなります。相手にすれば、機関銃に打たれるように感じるかもしれません。

 

 正しいことを言っている場合は、正しいだけに相手にとってはこたえますし、自分の責任を逃れるための責任転嫁で攻撃している場合は、はなはだ不愉快な感じを相手に与えるでしょう。

 

 E(人の評価を気にする子供)が極端に低いので、人が自分に対してどう評価するかということは気になりません。人の不安が理解できませんので、A(きびしい親)の攻撃は容赦のないものになるかもしれません。

 

 ただ、自分自身はそんなにきびしいことを言っているとは思わないでしょう。言いたいことを言えば、後はけろっとした感じでしょう。また、思うようになっている限り、機嫌はすこぶる良いでしょう。


(対人・対自分関係)

 

 この方はA(きびしい親)が高いのが目立ちます。B(優しい親)よりもA(きびしい親)が高いから、どうしても長所よりも欠点のほうが目に入り、「あなたは間違っている」という感じをもつことになります。

 

 それからD(自由気ままな子供)が高くて、E(人の評価を気にする子供)が低いから、「私は正しい」という気持が強く、「私は正しいが、あなたは間違っている」という意識で生きていることになります。ということで、このタイプを「あんたが悪いさん」と呼びます。

 

 ご本人は何があっても人の責任に出来るので気が楽ですが、周囲の人は大変です。このタイプで図のようにAが高ければ、合理的で知的ですから、子供や部下の 失敗や欠点を指摘するのも非常に正確で徹底的です。相手はたまりません。「ぼろぞうきんさん」のようにE(人の評価を気にする子供)の高い方ですと、とこ とんまで追いつめられることでしょう。

 

 逆に、C(合理性)が低い方ですと感情的に相手を責めます。いわゆるヒステリーになってしまいます。周りの人は、当たり障らず逃げ出すほかはないでしょう。


(自滅のシナリオ)

 

 さて、この方は「不満さん」です。親からのメッセージはA(きびしい親)に入っているのでしょう。自分のやりたいことをやり、言いたいことを言うという気持の非常に強い方です。充実感がある時はいいのですが、充実感を失うと、すべて「あんたが悪いさん」になります。

 

 普段でもその傾向が強いのですから、思うようにならない、うまく行かないようになると、この傾向はますます増強してきます。おなじ「不満さん」でも、「行 け行けさん」のように、A(きびしい親)よりもB(優しい親)が高いと社会適応がいいのですが、このタイプの方は逆転していますので、社会適応能力はあま りありません。

 

 自分に反対する人には、欠点や以前の失敗を指摘して、ものを言わせなくする。言われた方は面白くないですね。実際は、本人が悪いからうまく行かないのに、 そのことは棚に上げて「おまえが悪い。おまえが間違っている」と言うのでは、腹が立ちます。人間関係が壊れます。協力者がいなくなります。

 

 するとますます思うようにならないので、ますます不満になって「あんたが悪い」と腹立ちをぶつける。こうして、自滅のシナリオに吸い込まれ、悪循環に陥り 最後の一人が居なくなるまで不満を振り回します。誰も居なくなっても、まだ自分の非が分からずに、「なぜ、みんなは来ないのだ」と一人でぶつぶつ不平を 言っているということにもなります。

 

 人に当たってばかりいる人は嫌われます。協力してくれる人がいなくなり、何事もうまく行かなくなり不満ばかり、その不満を晴らすために過食・お酒・タバコ が必要になります。人を攻撃しているので常に戦闘体制ですから、肩凝り、頭痛、慢性胃炎などという自律神経失調症になります。なかでも、タバコは必需品で す。タバコでなんとか苛立つ神経を麻痺させている、そのようなたとえがピッタリとするのもこのタイプでしょう。

 

 また、過食やお酒やタバコで病気になっても、自分が悪いとはは思えないので、どうして自分だけが病気になって苦しまなければならないのだ、と腹が立ち、医者から禁止されると、ますますお酒やタバコが必要となり憤慨死に至るということにもなりましょう。


(充実感テストとの関係)

 

 「あんたが悪いさん」は、周りから見ていると、きびしい言葉が次々と出てくるので、非常に爽やか指数が低いかと思うのですが、自分の責任は人に転嫁しますので、爽やか指数はそんなに低くはないでしょう。

 

 しかし、思うようにならないことが多くなってくるので、不快指数が高くなって来ます。「お天気さん」、さらに「不快さん」になってくるでしょう。後で説明する「仮面さん」になっている「あんたが悪いさん」では、「仮面さん」の特徴である「無感動さん」になるでしょう。

◆バラバラさん

「バラバラさん」

 

(表面的な特徴)

 

 W型です。このタイプの方はA(きびしい親)が高いので、人を見ると欠点がよく見えイライラします。さらにE(人の評価を気にする子供)が高いので、人からどのような評価をされているか気になります。

 

 人をみてイライラし、その人から自分がどう思われたかを考えて不安になる。頭のなかがバラバラになります。それでこのタイプの方を「バラバラさん」といいます。

 

 外から見ると大変おとなしい人で、心の中で葛藤や分裂があるようにはとても見えません。特に、初めての場所や慣れない環境のときは、おとなしい、あまり発言しないという傾向は強くでます。だからといって、何をいっても、何をしても大丈夫だと勘違いすると大変です。

 

 我慢をしている人ですから、限界まで我慢をします。しかし、それを越えると今までの怒りや恨みが一挙に吹き出し、突然辞表や離婚届けがでてくるというようなことになります。

 

 あるいは、自分の家のように安心できる所では、わがままや激しい攻撃がでて、家と外では大違いということもあるでしょう。


(対人・対自分関係)

 

 A(きびしい親)が高くB(優しい親)が低いから、「あなたは間違っている」、D(自由気ままな子供)が低くE(人の評価を気にする子供)が高いから、「私は間違っているかもしれない」。だから「私も正しくはないが、あなただって間違っている」です。


(自滅のシナリオ)

 

 「バラバラさん」は非常に分かりにくいタイプですが、自滅のシナリオで見れば理解も容易です。「バラバラさん」は、E(不安)さんです。だから、充実感を失えば「E(自己防衛)にいかに成功するか」ということが、すべての考えや行動の最も重要な動機になります

 

 普通に考えれば、自己防衛に成功するためには、人から良い評価をもらうことが必要です。社会の中で、自分を守るのですから、人から悪い評価では孤立し、自分を守れません。

 

 良い評価を得るために、社会のため、会社のため、家族のために尽くさなければなりません。結局誰かのために働くことになりますが、その人が素晴らしいと か、大好きだと思えれば、尽くすことが喜びとなり、矛盾はありません。そして、(不安)もなくなります。これが、「ボロぞうきんさん」でした。

 

 しかし、「バラバラさん」の自己防衛の方法は、A(きびしい親)ですることになります。つまり、(警戒)ということです。 「人を信じてはなりません。だまされますよ」、「人から後ろ指を指されてはなりません。軽蔑されますよ」という親からのメッセージがA(きびしい親)に入っているのでしょう。

 

 だから、良い評価を得ようとして、大勢の人の中で頑張ろうとしても、敵地にいるような感じです。(不安)が強くなり、(警戒)して身がまえます。身体がカチカチになります。早く自分の殻のなかに戻りたい。しかし、戻っても、ますます孤立するだけで解決はありません。

 

 E(不安)の解決策として、(警戒)は逆効果ですね。(警戒)すればするほど孤立します。社会のなかで孤立すれば、ますます(不安)になるだけです。(不 安)になるからさらに(警戒)する。これは自滅のシナリオです。相手の長所から見る「ボロぞうきんさん」との違いです。

 

 また、「バラバラさん」は、A(きびしい親)が高いため、人の欠点から目に入ります。(警戒)もしなければなりませんが、人の欠点が見えて腹も立ちます。 「どうして私に不利になるようなことを言ったりしたりするのか」、「もう少し気を使ってくれれば良いのに。私が我慢していることはわかっているはずなの に!」とか、(不安)になればなるほど、自分に不利になるようなことを、人が言ったりしたりすると感じられ腹が立ちます。

 

 不安が強いから、人が何か言ったり、したりすることが自分に不利になるような感じが非常に強くするのです。自分を守るための鎧や兜であるプライドが傷つけられたように感じます。
 

 しかし、それを口に出して言うことはできません。口に出して言えば、人間関係が壊れます。それは(不安)が拡大することですから、最も避けたいことです。(不安)のために、口には出せない。それだけに、なおさら腹が立つ。頭の中で、不安と腹立ちがグルグルと回り続けます。

 

 これでは、社会適応はできません。疑ったり、警戒したり、怒りでいらいらしていては、人間関係がうまくいくはずはありません。協調性や社交性なければ、仕 事は成功しません。社会で成功しなければ、どうして自分を守れるでしょうか? 不安を解決しょうとする方法が、自分を社会から孤立させます。

 

 さらに、D(自由気ままな子供)を押さえています。自由に自分を主張したり、行動すれば、周りの人々からの批判の目が無数の矢となって飛んでくるかもしれ ません。悪く思われたのではないか、評価を落としたのではないかと気になって夜も寝られないでしょう。何としても、D(自由気ままな子供)は押さえ込んで おかなければなりません。

 

 しかし、それでは少しも自分を生きていないというD(不満)がつのります。腹が立って来ます。いつもいつも自分を押さえて生きている。これ程までに自分を 犠牲にしている。この意識が悲しいまでの怒りになります。積もり積もって、我慢の限界を越えれば、知性が働かなくなり、D(不満)がA(攻撃性)と結合し ます。「私も悪いが、あなたも悪いじゃないか!」と、今までためていたものが一気に爆発することもあるでしょう。

 

 一方、自分の家のように安心できるところでは、人から良い評価をもらう必要がありませんので、E(人の評価を気にする子供)が下がり、D(自由気ままな子供)が回復して「あんたが悪いさん」になることもあるでしょう。

 

 外へ出ると(不安)が出るので、表面上は調子を合わせて人の良い「ボロぞうきんさん」を装い、家の中では「あんたが悪いさん」になるという二面性を持つこともあるでしょう。このようにして、一人の人の心が、幾重にも分裂することになります。

 

 結局、バラバラさんは、自己防衛本能が非常に強く常に自分を守っています。それがプライドという砦です。そして、いつも攻撃されるのではという過剰防衛の状態にあります。戦闘準備状態にあります。E(不安さん)がA(きびしい親)に結合しているのが特徴です。

 

 「バラバラさん」は、最も社会適応が難しく、本人の苦しみも大きく、とことん充実感を喪失してしまうタイプです。そして、このストレスが過食・お酒・タバ コの原因になります。また、人の中にいると警戒し、身構えていなければなりませんのでいつも緊張状態で、頭痛、肩凝り、胃腸障害、不眠といった自律神経失 調症の症状が出ることになります。


(充実感テストとの関係)

 

 「バラバラさん」は、最も社会適応がうまくいかないタイプですから、若いときからエネルギーを失います。無いのではなく、自分の中で葛藤や分裂が日夜起き るために、エネルギーを失いやすいのです。充実感テストでは、「不快さん」が多いでしょうが、エネルギーを失ってしまえば、「無感動さん」にならざるを得 ません。

◆ボロぞうきんさん−過労死タイプ

「ぼろぞうきんさん」

 

(表面的な特徴)

 

 このタイプの方はどういう性格の人でしょうか。

 

 最初のところは「行け行け」さんに似ています。A(きびしい親)が高いから人の指導が出来ます。しかし、B(優しい親)がさらに高いから、優しく、包容力があり、人がついてきます。さらにC(合理性)も高いから同時にいくつもの仕事をてきぱきこなせます。

 

 ここまでは似ていますが、その次のD(自由気ままな子供)が極端に低い。つまり、自分のやりたいことや言いたいことを極端に抑え、いやなことでもがまんしてします。そして、E(人の評価を気にする子供)が高いので、良い評価を得るために一生懸命に頑張のます。

 

 大変良い人です。ただ、世間で良い人というのは、自分にとって都合の良い人という意味合いがあります。確かに、こちらにとって、このような人は良い人には違いありません。ただ、本人は大変しんどくてつらい生き方です。

 

 どういう方に多いかと言うと、ナンバー・ツーや中間管理職の方に多いタイプです。縁の下の力持ちさんですね。こういう方をナンバー・ツーに持つと非常にい いですね。仕事の面では大変有能で、しかも自分を押えて誠実でひたすらです。上司から評価されると喜んでますます頑張る。

 

 夫婦でも相手がこういう方だと大変やりやすいですね。このような人を奥さんにしますと献身的です。ご主人は外で思いっきり仕事ができます。最近では、この ような人を旦那さんにしたいと思う女性も増えていることでしょう。D(自由気ままな子供)が高い人、つまり自分を主張する人が相棒ではこうはいきません。 俺が私がで喧嘩になります。


(対人・対自分関係)

 

 対人関係は、A(きびしい親)よりB(優しい親)が高いので、「あなたが正しい」という意識を持って生きています。

 

 対自分関係は、D(自由気ままな子供)が低く、E(人の評価を気にする子供)が高いので、「私は正しくない」です。しかも、Dが極端に低く、Eが極めて高いので、「絶対に私は正しくない」です。

 

 「周りの人は全て正しくて、隣のポストが赤いのも、今日の天気が悪いのも、みんな私が悪いのよ」、これではたまりません。ストレスの発散ができない。すべてを取り込んでしまい、大変しんどい生き方になります。


(自滅のシナリオ)

 

 自滅のシナリオの分析では、まず最初にすることは、自分は「不満さん」なのか、「不安さん」なのかを決めることでした。仕事や人生がうまく行かない時、 困ったことがおきた時、不満を感じるのか、不安を感じるのかということです。「ボロぞうきんさん」は、「不安さん」です。

 

 次に、A(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)のどれに、どのような親からのメッセージを受けているかを調べることでした。「ボロぞうきんさん」 はB(優しい親)が高いので、この部分にメッセージを受けています。「人のために一生懸命働きなさい。尽くしなさい。そうすれば、 必ず報われますよ」、このようなメッセージが入っているのでしょう。

 

 どんな性格も「長所は欠点であり、欠点は長所」です。この方の場合は、良い評価を得るために、一生懸命働く。しかも、A(きびしい親)がほどほどあり、 人を指導できる。B(優しい親)がより高いので包容力がある。きびしいことを言っても、人がついてくる。C(合理性)が高いので、いくつもの仕事をてきぱ きこなせる。

 

 若いときには、大変重宝がられ、評価も高いことでしょう。問題は、中年になったとき、つまり仕事の量が多くなったときです。「ボロぞうきんさん」のところ には、仕事が集まります。仕事が誠実でしっかりなので、信頼できます。当然多くの仕事が集まってきます。限界になっていても、「ノー」とは言えません。 「ノー」と言えば、評価が下がるので「ノー」とは言えない。

 

 しかし、仕事が増えれば目が届かなくなり、失敗が起こります。「ボロぞうきんさん」は良い評価を得ることで不安を解決している人ですから、不安が広がります。

 

 この不安を解決する方法は、「ボロぞうきんさん」では、一生懸命働いて評価を高めることです。だから、さらに仕事をする。

 

 普段でも、E(人の評価を気にする子供)が強いので、何かしょうとすると何人もの顔が浮かんでくる。「この人はどう言うだろうか? あの人はどうか?」と 考えると何も出来なくなる。思い切ってしたら、今度はもっと多くの人の顔が浮かび、「何かまずいことをしなかったか? どう思われただろうか? 悪く思わ れなかっただろうか?」、と考えだすと不安になり夜も寝られなくなる。不安が強く、将来どうしょうかとか、あれやこれやと心配が出る。

 

 まして、現実に仕事の失敗が起きれば、追い詰められる度合いも非常に強くなります。そして、結局この方の不安の解消法は、もっともっと仕事や献身をする、つまりB(自分のための親切)を使う以外ないのです。それ以外の方法は御存じないのです。

 

 仕事さえ一生懸命にすれば、人の評価が上がる。経済的にも安心できる。だからますます仕事に打ち込む。

普通の時でも、この方の自分の価値の感じかたは、人の評価によって得られています。不安な時はなおさらです。人の評価を得るためひたすら頑張る。

 

 このように、不安が強くなればなるほど、自分を守るために仕事や献身を仕出すという落とし穴に陥ることが、自滅のシナリオです。

 

 本当のB(優しい親)は、「見返りを期待しない優しさ」ですが、自分を守るための優しさになります。充実感があるときは、どんどん人のために仕事や献身ができた。人のために働くことが楽しかった、喜びであった。

 

 ところがこんどは自分を守るためにする仕事や献身です。喜びでなくて不安でしている。自分を守るためにする親切です。不安と焦りでつぶれそうです。

 

 そうすると相手は断われません。本当の親切の時は、相手も「ノー」と言えるのですが、自分のための親切の時は「ノー」と言われると困ります。自分の損得が かかっています。だから何となく相手も「ノー」と言えない感じがする。つまり押付けの親切のような気がして、息苦しく逃げたくなります。

 

 逃げられると仕事がうまくいかないものだから、不安になってますます追いかける。執着する。するとますます相手は逃げていく。このような悪循環におちいります。

 

 家族や医者が休めといっても、休むことは仕事から離れることです。評価が下がります。この方にとっては、それが最も不安なのですから休めません。

 

 「人がどんな評価をしょうが、生きていくことぐらい何とかなる」、このような考えは普段も浮かばないのだから、不安に捕らえられて、C(合理性)が機能し なくなっている時には、全く浮かんでこないのは当然です。 不安を消すために、過食、お酒、タバコが必要になります。特に、夜はおなか一杯食べてお酒もた くさん飲まないと寝られないでしょう。

 

 こうして、ボロボロになって、肝硬変や脳卒中で倒れる日まで頑張ります。あるいは身体は何とかもっても、最悪の場合は自分を責め過ぎて自殺で終わることも あるでしょう。自滅のシナリオに吸い込まれていきます。以上のようなわけで、この方を「ボロぞうきん」さんといいます。まさに過労死タイプという感じがし ます。


(充実感テストとの関係)

 

 「ボロぞうきんさん」は、仕事の程度や量が少なく全体を十分見ることができる間は、有能で信頼できる人材です。この時期には、爽やか指数も比較的高く、不快指数も低いのは当然です。評価が高いので、安心できます。

 

 しかし、仕事が集中してきて、自分で十分目を通せなくなるとミスが起こります。このミスを挽回するために、さらに仕事をする。多くの仕事を抱えるからさらにミスが起きるという自滅のシナリオが動き出します。

 

 この頃になると、爽やか指数が低下し、不快指数が高くなって来ます。さらに、この状況が進行して行くと、疲れ果て最後は「無感動さん」になるでしょう。自殺の危険のあるタイプなので、充実感テストでこのような経過を見ていくことは非常に大切なことでしょう。


◆生活習慣病との関係

 

 「ボロぞうきん」は、精神的に欝になって倒れるか、あるいはがん・脳卒中・心筋梗塞で倒れます。


 減量、減塩、減酒、禁煙、ストレスの解消、運動など、およそライフスタイルのコントロールといった苦しいことは、こんな状態の時に出来るはずがありません。不安があるから、もっとお酒やタバコが必要です。過食になります。なんとか不安をごまかしたいのです。

 

 不安を解決しないで、お酒やタバコ、おいしい食べ物をやめろと言うことは無茶な話で、これでは苦痛を倍増さすだけです。出来ないことを無理にしようとし て、結局「また出来なかった」と、このタイプの方は自分を責めます。自分を追い込みます。ますます充実感が下がるので、不安が拡大し、お酒やタバコをさら に必要とするという悪循環に陥ります。

 

 医療スタッフはこのタイプの方に、軽々しく減量や減酒、禁煙などの指導を決してしてはなりません。この方の問題は生きている充実感の低下なのですから、こ の本のテーマである充実感を高める方法をサポートことです。

 

 充実感が高まれば、本当のA(きびしい親)、B(優しい親)、C(合理性)が発揮され、よい 仕事ができ、評価も上がりストレスが低下する。そして、その結果、生活習慣のコントロールも出来、がん・脳卒中・心筋梗塞の予防ができる、これが心身医学 の考え方です。


◆突然死と過労死

 

 世間では、突然死も過労死も同じ様に取り扱っていますが、突然死は突然死亡するという時間から見た定義ですし、過労死は過労が原因という原因からみた定義で、それだけでは内容がよく分かりません。しかし、性格分析から見ればいかにもピッタリという感じがします。

 

 「行け行け」さんは突然死ですね。仕事ができる、社会からも歓迎される、ますます仕事ができる。しかも楽しんでやっている、面白くて楽しくて仕方がない、 食べたり飲んだりの毎日で、困難が来てもますます闘志が湧く。不安を感じるEが低いし、自分は絶対に正しいと思っているので、医者も家族も止められない。 止まるときは突然死。

 

 「行け行けさん」は、自業自得だからしかたがない、という感じもしますが、「ボロぞうきん」さんは可哀想ですね。仕事は出来るのですが、少しも楽しんでし ていない、不安や義務感でしているので疲れ切ってしまう。「あなたは正しくて、私は間違っている」ですから、逃げ場がありません。


◆ボロぞうきんさんへの配慮

 

 「ボロぞうきん」さんに対しては、周りの人はよく理解することが必要です。

 

 第一点は、疲れが見えた時には決して励まさないことです。この方は不断から真面目で一生懸命しています。少しの失敗でも自分を責めています。150%頑張っているのです。

 

 疲れても頑張るので少しの時は外からでは分かりません。外から分かるほど疲れが見える時は本当に疲れ切っているのです。

 

 しかし、外から見ていると怠けていると見えるかもしれません。AよりもBが高いので、失敗を人のせいに出来ませんし、またDが低いので、自分を主張することも出来ません。だから、ただ仕事も出来なくて鈍くなっただけのように見えるかもしれません。

 

 このように落ち込んで苦しんでいる時に、「この頃どうしたの? 以前のあなたはもっとよくできたのに。みんなは、あなたの将来に期待しているのですよ」と 励ませば、「やはり自分は駄目なんだ。もっと頑張らないといけないのだ。しかし、もう頑張る力もなくなった。」という気持にさせるでしょう。

 

 励ますという ことは、今のあなたはだめだということと同じでしょう。崖の淵にかろうじて立っている人の背中をわざわざ押して谷底へ落すことになるのです。

 

 第二には、リーダーシップは苦手です。「ボロぞうきん」さんは、出来上がったものを維持することには適していますが、独創性の必要とするものや、全く新し いことをリーダーシップを持ってやることは適していません。これらにはD(自由気ままな子供)が必要ですが、「ボロぞうきん」さんはD(自由気ままな子 供)が極端に低いのです。

 

 余りにも仕事が良く出来て貢献度も素晴らしかったので、ある会社を任された方がいます。いままで社長の指示で動いていたのが、これからは自分が社長です。 しかも創造性を必要とする仕事でした。期待に応えねばならないという意識と、即断即決、新しい発展をしなければならない仕事、トップの孤独、この方が極度 の欝状態に陥るのに大して時間は掛かりませんでした。

◆行け行けさんー突然死タイプ
 

(表面的な特徴)

 

 このタイプの方はA(きびしい親)も高いけれども、さらにB(優しい親)が高いですね。そしてC(合理性)も高い、D(自由気ままな子供)も高い、しかしE(人の評価を気にする子供)は殆どないというタイプです。

 

 さあ、どういう人をイメージされますでしょうか? 昭和一桁の人に、こういう方が割と多いですね。中小企業のオーナーとかあるいは各界のリーダーシップをとる方です。このタイプの方は非常に仕事が出来、成功されます。

 

 と言いますのは、A(きびしい親)がかなり高いから部下の教育ができます。しかし、B(優しい親)がそれ以上に高いから部下もついてきます。社会からも歓迎されます。

 

 これが逆転していると、つまりA(きびしい親)のほうが高くて、B(優しい親)が低い場合は、正しいことを言ってるのですが、言えば言う程人は離れていきます。部下からも仕事の相手からも敬遠されます。

 

 そして、C(合理性)が高いために、いくつもの仕事が同時進行でテキパキと出来ます。感情に振り回される人は一つの仕事しか出来ませんが、Aが高いためにいくつもの仕事が同時にやってゆけるのですね。

 

 それからD(自由気ままな子供)が高いから、前向きで活力があってどんどん進めますね。古いしきたりや観念に捕らわれることなく自由な発想が出来ます。なによりも、Dが高いので、仕事が楽しい、楽しんで仕事をしています。

 

 しかも、E(人の評価を気にする子供)がないから人には殆ど気を遣いません。B(優しい親)が相手のために気を遣うのに対して、E(人の評価を気にする子供)は自分を守るために、自己防衛のために気を遣うのですね。

だからこのタイプの方は、相手のために気を使うことは多いでしょうが、「人が自分をどう思うだろうか」とか、「自分を気に入ってもらえただろうか」とか、思い悩んだり、不安になったりして消耗することは殆どありません。

 

 当然のこととして、バリバリと仕事が出来、しかもどんどん成功されるタイプです。それで、この方を“行け行けさん”と申します。まさに猛烈タイプです。最近よく話題になるA型行動パターンは、このタイプが多いでしょう。


(対人・対自分関係)

 

 「行け行けさん」は、A(きびしい親)よりもB(優しい親)が高いので、人に対しては、「あなたは正しい」です。一方、自分にたいしては、D(自由気ままな子供)がE(人の評価を気にする子供)よりも高いので、「わたしも正しい」です。

 

 しかし、D(自由気ままな子供)が非常に高く、E(人の評価を気にする子供)が極端に低いので、単に「わたしも正しい」のではなく、「わたしは絶対に正しい」です。自信に満ちています。 だから、C(合理性)がたよりです。頭が若くて柔軟性がある間はよいのですが、年を取ったり、C(合理性)が働かなくなったら、大変です。人の意見に一切耳を貸さない頑固者になってしまいます。


(自滅のシナリオ)

 

 「行け行けさん」は、D(自由気ままな子供)が高く、欲求充足本能が強い人で、満たされなくなると不満一杯になるタイプです。つまりほんもの・にせもの分析では、「不満さん」です。しかし、「行け行けさん」は「不満さん」になることは少ないはずです。

 

 A(きびしい親)も高いがB(優しい親)がより高く、C(合理性)もが高いので、このタイプの方は、社会適応能力抜群なのです。だから、このタイプの方のD(自由気ままな子供)は不満や単なる夢に終わらず、現実のものとして実現するのです。

 

 D(自由気ままな子供)が高蹴れば高いほど、このエネルギーが抜群の社会適応能力とうまく結合して、さまざまな企業や社会事業を成功させます。これが、戦後日本の高度成長の原動力であったことでしょう。

 

 しかし、どのようなタイプにも長所と欠点があります。この方は、「行け行けさん」ですから、前進拡大が充実感なのです。ガンガンと仕事をしているときに、生きているという感じがするのです。

 

 一方、E(人の評価を気にする子供)が少ないので、「このまま行って大丈夫だろうか?」、といった不安は起こりません。ということで、ただただ前進だけになります。

 

 問題は、一般的に言って、壮・実年になって起こります。若いときは、仕事の規模が小さいので、2倍、3倍にはすぐに拡大できす。前進しているという充実感 を満喫できるでしょう。しかし、成功して規模が大きくなると、それ以上は簡単には拡大できません。従業員が100人もなれば、200人にはなれません。

 

 まして200人になって、さらに400人になるのはとても無理です。もしろ拡大よりも現状維持の要素が増えてきます。しかし、「行け行けさん」は現状維持では、楽しくないのです。充実感を感じられません。「不満さん」になり、生きている感じがしないのです。

 

 客観的には、拡大してはならない、会社が空中分解する可能性があるときでも、前進したいのです。しかし、この状態で前進拡大しょうとすると、規模が拡大し ているだけに今までの何倍ものエネルギーがいります。つまりパーティーの数もうなぎ登りに増え、飲んだり食べたりしなくてはなりません。

 

 一方、身体的には、今までの暴飲暴食、無理がたたってかなり傷んでいます。ただ、がん・脳卒中・心筋梗塞などの成人病は、最後になるまで自覚症状がでないので、本人だけは元気だと思っています。

 

 車体は危ない状態になっているのに、アクセルを思いっきり踏む、当然車は破壊されます。つまり、突然死が起こります。50代、60代で亡くなる「行け行けさん」は、このようなメカニズムで犬死にに近い状態で突然死されています。

 

 E(人の評価を気にする子供)が低いので、不安にならない。少々体が疲れていても、結構行け行けです。体力も精神力も強く、少々ではこたえない。ほんとう は心身ともにかなり疲れているのだが、疲れを感じない、感じられない、専門用語で失感情症・アレキシミヤという言葉まであるように、むしろこれが特徴なの です。少々のことではこたえない、ということで休む時は、倒れる時です。まさに“突然死タイプ”なのです。

 

 それからもう一つの問題点は、E(人の評価を気にする子供)が低いために、自己反省能力、内省能力があまりありません。「自分が間違っているかもしれない」とは決して思わないので、柔軟性を失えばワンマンになります。

 

 だから、E(人の評価を気にする子供)が高い人の気持は殆ど理解できません。Eの高い人にとって、Eの無い人はデリカシーのない人です。一緒にいるだけで も強いストレスを感じます。「行け行けさん」に権力がある間はいいんですけども、力がなくなるとEの高い人はまず最初に逃げていきます。D(自由気ままな 子供)の高い人どうしでは、俺が俺がでうまくいきませんので、ハッと気が付いたら誰も周りに居なかったという寂しい晩年になるかもしれません。

 

 さらに、時代の問題があります。「物の時代」が終わろうとしています。「物の時代」は、まさに「行け行けさん」の全盛期でした。鉄を作り、道路を造り、車 や高層ビルを造る、高度成長期のリーダーでした。しかし、物質的には豊かな時代になった今、人々は、心の安らぎや喜びを求め始めています。物質的な繁栄を 維持し、しかも「心の時代」を創造できる人がリーダーとして求められる時代になりつつあります。

 

 これには、E(内面の世界)が必要です。またE(人の不安を思いやれる)能力も必要です。ここに来て、従来の「行け行けさん」タイプには陰りが見えてきた ように思います。今までと同じような発想で物を作っても売れません。人の不安を思いやれなければ、人はついてきません。

 

 このような時代になって、「行け行けさん」はますます前進拡大がしにくくなり、充実感を感じられなくなってきているかも知れません。社会適応の抜群の能力 を持った「行け行けさん」も時代が変われば、適応しにくくなり、そうなれば「不満さん」になります。

 

 「不満さん」になれば、C(合理性)が働きません。打 つ手打つ手が外れて、ますます「不満さん」になり、B(優しい親)も自分のための親切、お節介になり、人が離れて行きます。


(充実感テストとの関係)

 

 「行け行けさん」は、爽やか指数が非常に高く、不快さんが非常に低いのが特徴です。典型的な「爽やかさん」です。それは当然ですね。D(自由気ままな子 供)が高く、したいことがたくさんある。しかも、社会性と合理性が高いので、それらを次々に実現できる。人生を楽しんでます。

 

 そのうえ、E(人の評価を気にする子供)がほとんど無いから、人の言うことは、気にならない。夜もぐっすり眠れる。自分だけ「爽やかさん」が多いしょうが、最も爽やか指数が高く、不快指数が低く出るのが、この「行け行けさん」です。

 

 では、「行け行けさん」で、爽やか指数が低下することがあるのでしょうか? 経過を追って見て行くと、確かに爽やか指数が低下してくる人があります。これは非常に重要なことです。突然死の前兆です。

 

 「行け行けさん」は心理的に葛藤や分裂がありません。心の問題で爽やか指数が低下する理由がないのです。だから、爽やか指数が低下するのは、心理的な理由ではなく、物理的な疲労だと考えなければなりません。肉体的な疲労が極限に達しているのです。

 

 このタイプの人は多少のことでは疲れを感じないので、とことんまで前進します。自分では感じないだけに、充実感テストが大切です。「行け行けさん」で爽や か指数が低下した場合は、突然死の前兆と理解してくださいね。このままさらに前進しようとすると、まさに突然死に飲み込まれますよ。

 

 「行け行けさん」のタイプで、この他に爽やか指数が低下し、不快指数が高くなる場合が二つあります。それは、この後説明する仮面さんの場合と、若者の場合 です。ほんとうの自分でない性格を演じていると、それ自体が大変なエネルギーがいります。緊張状態になります。充実感が低下します。

 

 また、若者の場合は、仮面でなくほんとうの「行け行けさん」でも、社会性や合理性が発達していないので、D

(自由気ままな子供)のエネルギーをうまく現実に使いこなせません。充実感が低下し「不満さん」になることが多いからです。

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